再度イギリスのEU離脱がポンドに与える影響を考えてみる

 6月23日にイギリスにおいてEU離脱を巡る国民投票が行われましたが、離脱派が多数票を確保する結果となりました。この結果を受けて、キャメロン首相は辞意を表明しました。10月の党大会までは首相にとどまるようですが、イギリスはこれから離脱に向けてEU本部や加盟各国と交渉を進めていくものと思われます。

 今回の国民投票は2013年にキャメロン首相が公約したものです。今年2月の欧州首脳会議において、イギリスが求めていたEU改革案が合意されたことで自信があったのでしょうが、完全に裏目となってしまいました。

 東京株式市場ですが、離脱派の優勢が伝えられると円高が加速、一時99.0円と100円を割り込んでしまい、2年7か月ぶりの円高水準を記録しています。当然日経平均先物も急落しまして、午後0時48分には大阪取引所ではサーキットブレーカーが発動、1万5000円を割ってしまいました。

 ポンドでとんでもない損失がでたとツイッターや某掲示板などが阿鼻叫喚と化していましたが、事前の世論調査で離脱と残留が拮抗していたのにみんな無茶するなぁ。ビビリな私はもちろんノーポジですよ。

 以前にもイギリスのBrexit問題がFX取引にどのような影響を与えるのか考察しましたが、投票結果を受けて新しくニュースもでてきたので、再度ポンドの値動きがどうなるのか考えてみたいと思います。

イギリス製造業への影響

 イギリスは日本にとってアメリカに次ぐ2番目の対外投資先であり、トヨタ、日産、ホンダをはじめとして1000社近くの企業が進出しています。このような背景から、イギリスの離脱が日本にどのような影響を与えるのかについて、投票前からメディアが頻繁に取り上げていたように記憶しています。

 イギリス経済に占める製造業の割合は1960年代以降低下し続けていますが、今でも海外への輸出の多くを占めているのは製造業です。リーマンショック以降は製造業に回帰する流れもあるようで、イギリス製造業で特に強いのが自動車であると言われています。日本メーカー以外にフォルクスワーゲン、BMW、フォードなどが生産拠点をもっており、インドや中国など新興国の企業も参入しています。その他の製造業では軍事大国ということもあり、航空宇宙産業や防衛産業、ハイテク産業などが世界的に高い競争力をもっているようです。

 各国自動車メーカーなどがイギリスをEU進出への拠点としていますが、これにはいくつか理由があると思います。公用語が英語であること、世界3大金融街のひとつであるシティによって資金調達が容易であること、そして個人的に以外だったのがイギリスは製造業の生産コストが低いことです。

 ボストン・コンサルティング・グループが世界の生産拠点の生産コストを比較したレポートを出していますが、それによればイギリスは西ヨーロッパ諸国のなかでもっとも生産コストの低い国であり、生産拠点として魅力的であると報告しています。労働市場の生産性が高いことや法人税率がアメリカのほぼ半分であることなどが原因のようです。
主要輸出国25ヵ国の生産コストを比較:世界の生産拠点の勢力図の変化

 さて、イギリスがEUから離脱したことにより、今まで撤廃されていた関税が復活します。トヨタは約10%の関税が課されるのではと懸念しているようです。日産リーフは2015年の世界でのEV・PHEV販売台数でテスラに次いで第2位でしたが、ヨーロッパでリーフを生産しているのはイギリスの工場だけなので、販売価格に影響を及ぼすかもしれません。
EU離脱が実現すれば日産「リーフ」も欧州各国で10%の課税対象に!?

 リスボン条約の50条に従って離脱を行った場合、最長でも2年でEU法の効力が停止、つまり関税が復活します。EU加盟国との間に自由貿易協定を結ぶことができれば課税対象から外れますが、カナダの例をみると締結まで7年かかったりするので注意が必要です。ジャガー・ランドローバーは年間14億7000万ドル(約1,555億円)の損失がでると予測しており、イギリス製造業にとってダメージになるかもしれません。

イギリス金融業への影響

 イギリス経済を支える金融業ですが、離脱によりEU域内であれば単一の免許で営業ができるメリットがなくなる可能性があるので、各国の資本がロンドンの金融街シティから流出してしまうのではないかと投票前から危惧されていました。

 案の定、ロイターの記事によればモルガン・スタンレー、ゴールドマン・サックス、ドイツ銀行などが業務の移転を検討しはじめているようです。これは日本の金融機関についても同様です。
ロンドン金融街シティーはどうなる、英EU離脱なら-各銀行の対応は
三井住友銀、英国外に現法も 戦略見直しに着手

 ただ、記事をよく読んでみると移転するのは一部に留まるようで、引き続き拠点をロンドンに置いておくように受け取れます。

 ロンドンに留まる理由として、イギリス金融の規模の大きさが魅力的なのですかね。世界3大金融街といえばニューヨークのウォール街、ロンドンのシティ、東京の兜町となっております。近年では香港とシンガポールが伸びてきているのでいつまでもこのままなのかはわかりませんが、ユーロ圏にはシティと同規模の金融街がありません。フランクフルトやパリにも金融街はあるのですが、ダウ・ジョーンズ、イギリスのシンクタンク、新華社通信などの調査では国際金融センターとしての評価はロンドンよりかなり下回っています。
国際金融センター、金融に関する現状等について(内閣府)(PDF注意)

 加えて、イギリスの金融業には他国にはない特徴があります。それはジャージー島、ガーンジー島、マン島の王室属領、ケイマンやジブラルタルなどの海外領土、シンガポール、キプロス、バヌアツのようなイギリス連邦加盟国、香港などの旧植民地で形成される強力なタックスヘイブンネットワークをもっていることです。最近では世界最大のタックスヘイブンはアメリカとイギリスというのが常識になっているようですが、このような強みが世界中から資本が集まってくる魅力になっているのかもしれません。
金融立国イギリスの中心地・シティがウォール街に対抗できる理由

 ちなみに、以前はタックスヘイブンといえばスイスの名前も挙がっていたのですが、アメリカの圧力によりスイスの銀行の顧客情報の秘匿性が崩壊してしまったので、現在ではタックスヘイブンとしての魅力はなくなってしまったようです。

 離脱の結果を受けて、フランクフルトやパリではロンドンからの移転を歓迎するといったニュースがではじめています。ただ、EUの拠点としてのメリットは薄れるものの、そもそもの金融業の強さを考えればイギリスに進出する意味はまだ残っているように感じます。EU加盟国との間で結ばれる協定次第では、あまり資金の流出は起こらないのかもしれません。

スコットランド独立問題および連合王国分裂の可能性

 下の図は離脱派と残留派の票マップです。イギリスはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドから構成される連合王国です。地図にアイルランドが表示されていますが、こちらは1949年にイギリスを離脱しており、現在はEUに加盟しています。黄色が残留派なのですが、ロンドン周辺の都市部とイギリスの北に位置するスコットランドと北アイルランドに残留票が多かったことがわかります。

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 スコットランドは伝統的にEU支持派が多いようで、今回の投票結果を不服としてスコットランド行政府首相であるスタージョン氏が独立を示唆しています。2014年の独立を問う住民投票では僅差で否決されましたが、自治政府が必要な法案の準備に着手する考えを明らかにしたことで独立問題が再燃しています。スコットランド同様、残留派が多数を占めた北アイルランドでもイギリスからの独立を求める声が上がっているようです。

 英連合王国はイングランドがスコットランド、北アイルランドなどを合併して成立した経緯があります。このためイングランド以外では英政府に主権を握られていることへの反発が根強いです。EUへの残留という理由は独立の大義名分として十分であるのかもしれません。

 ただ、個人的にはスコットランドのイギリス独立、およびEUへの加盟はハードルが高いのかなと考えています。ひとつは独立派が掲げる北海油田による貿易収支です。過去にイギリスの財政赤字を穴埋めしてきた北海油田からの原油と天然ガスですが、独立派はこれを輸出することで東欧型の高福祉国家を目指しているようです。GDPの1割を占める利権をイギリスがすんなりと手放すかどうかが不透明なのはともかく、近い将来この油田が枯渇するのではないかとの指摘があります。2000年をピークに、現在では3分の1にまで生産量が減少しています。

 地政学的な見地からいえば、スコットランドには弾道ミサイル搭載原子力潜水艦の母港や海軍基地があることもネックです。加えて、EUはスペインのバスクやカタルーニャをはじめとしていくつかの民族独立問題を抱えており、仮にスコットランドが住民投票により独立を果たせたとしても、他の地域の後押しをしかねない先例をEU側が手放しで喜ぶとは考えにくいのではないかと思います。こちらの記事から図を拝借しました。
スコットランドだけじゃない 世界の「独立予備群」は?

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 北アイルランドについては、アイルランド(いわゆる南アイルランドでしょうか)と南北統一をすればEUへの残留を果たすことができるので、スコットランドよりは実現の可能性が高いのかもしれません。ただし、毎日新聞の報道を見ると、統一のためにさらに住民投票が必要になるようなので、こちらも揉める可能性は高いでしょうね。
スコットランド独立機運再燃 連合崩壊の懸念

加盟国の連鎖離脱の可能性

 リスボン条約の50条に則ってイギリスが離脱する場合、最長2年でEU法の効力が停止されます。1980年代にグリーンランドがEUの前身であるEC(欧州共同体)を離脱した際には協議に3年近くのかかった例があるので、多額の拠出金を支払っているイギリスに対してもいつまでもEUサイドがごねるのかなと思っていたのですが、25日のEU緊急会合では「イギリスはさっさとでていけ」という共同声明が発表されています。
EU「英国はなるべく速やかに離脱を」、未練断つ共同声明
EU外相らが英国に「早期離脱」を要求

 EUへの求心力が弱まり「イギリスの次に俺たちも」という声が高まることを恐れたようで、イギリスの離脱騒動を早々に終わらせたい考えのようです。心配したとおり、フランス、オランダ、デンマーク、スウェーデン、フィンランドなどで離脱を問う国民投票の実施を求める声が増えてきているようです。
「英国に続け」と気勢=各地で反EU投票の動き
最大の危機に直面=ドミノ離脱の恐れ-EU
英国EU離脱で市場は大荒れ、キャメロン首相「辞任の意向」

 近年ではEU加盟国において離脱を掲げる政党が議席を伸ばしている傾向にあります。経済が比較的好調な国は財政赤字に陥っている加盟国に多額の拠出金を支払うことに不満があり、財政赤字国は独自の経済政策を行うことができないことで失業率が高いままになっています。

 2008年のリーマンショック以降、ECB(欧州中央銀行)は低迷するユーロ圏の経済を支えるために非伝統的な金融政策を続けてきましたが、大量に刷られたお金は安全資産であるドイツ国債に向かってしまい、財政赤字で苦しんでいる主に南ヨーロッパの国々の財政立て直しには役立っていないように思います。共通通貨であることが裏目にでているようです。本来であれば、経済が芳しくない国であれば通貨が売られることで国際競争力を取り戻すことができるのですが、EUに加盟している以上は通貨安による国際競争力の上昇を期待することができません。

 ドイツは万年貿易黒字国なので、独自通貨の場合は常に通貨高になる圧力がかかります。万年経常黒字国である日本が円高になりやすいのと同じ仕組みですね。これが共通通貨ユーロの場合、域内に財政赤字国があることでユーロが安く抑えられる効果があります。各国の国民投票がどうなるかはわかりませんが、すんなりと離脱できるのかは非常に不透明であると言えます。

意外と日本がダメージを受けている

 国民投票で離脱派勝利のニュースが流れたことで、金融市場で例によってリスク回避の円買いが進み、東京株式市場では先物でサーキットブレーカーが発動する事態になりました。イベントによって一過性の円買いにより日本株が叩き売られるのはいつものお約束ですが、問題はこれだけでは済まない可能性がでてきています。
36兆円用意ある…英中銀総裁、市場安定へ決意
G7、緊急声明検討=英EU離脱なら協調介入-金融市場の混乱回避へ
英国EU離脱で日本は英国以上に厳しくなる

 混乱した金融市場を安定させるために、G7各国が保有するドルを使ってポンド買いドル売りやユーロ買いドル売りを行った場合、円高がさらに進む可能性がでてきました。これは輸出関連企業の業績を下押すことになるので、日本経済にとってはマイナスになります。困っちゃいましたね。

まとめ

 離脱が決定したことでポンドがかなり安くなっています。金融業や製造業の拠点流出が懸念されていますが、製造業に関して言えば通貨安により価格競争力が強くなったので、関税が復活することによる損失を相殺できるのではないかとの指摘もあります。

 ただ、イギリスがEU加盟国と結ぶと予想される貿易協定が不透明であることと、スコットランドや北アイルランドの独立問題が再燃したことにより、しばらくの間はイギリスの経済成長に下向きの圧力がかかる可能性は高いかと思われます。しばらくはポンドのロングポジションはとりたくないかな。これからもニュース次第で金融市場の混乱が予想されるので、ポジションをとる際には十分に注意するようにしてください。

おまけ

 ちょうどサッカーでユーロチャンピオンシップが行われていることもあり、最近では岡崎慎司選手が活躍したプレミアリーグで選手にビザが必要となり、有力選手が流出するのではないかと心配する声が上がっています。
英「EU離脱」なら、「圏内」選手に大きな影響
イギリス、国民投票の結果EU離脱へ。残留派リネカー氏も困惑「我々が一体何をしたのか?」

 近年のプレミアリーグでは外国人選手が増加傾向だったこともあり、イギリス出身の選手が増えることを喜ぶファンもいるようですが。プレーに関係のないところで選手に影響があるのはちょっと残念であります。

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ひろです。
お酒ばっかり飲んでいるけれど、私はげんきです。

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