ソフトバンクのARM社買収によって膨らむ有利子負債

 18日、ソフトバンクの孫正義社長がイギリスの半導体設計会社ARMホールディングスを240億ポンド(3兆3000億円)で買収することを発表しました。孫正義氏はIoT分野において将来的にシナジー効果を期待できることをアピールしましたが、この説明が株主を納得させられなかったうえに多額のキャッシュが社外に流出することから、市場では株価が急落することとなりました。2013年度に行ったアメリカのSprint社買収により増えはじめた有利子負債ですが、今回の買収により12兆円を越えてくるものと思われます。

最近のソフトバンクについて

 ソフトバンクといえば毎年数千億円の純利益を稼ぎ、投資案件でも中国ECサイトであるアリババで多額の含み益を叩き出す優良企業ですが、最近は膨大な有利子負債が収益を圧迫しているのではないかとの指摘が各所からでています。一番の原因なのがアメリカの携帯電話事業者であるSprint社の買収です。

 かつて日本でボーダフォンを買収してドコモやKDDIと渡り合ってきたように、ソフトバンクはSprintを買収してアメリカの携帯電話事業に参入しようとしました。ただ、Sprintの買収だけでは孫正義氏の経営戦略は不完全で、次にT-mobile社を買収して合併させようと考えていました。

 アメリカには携帯電話事業者が4社あります。当時のシェアの順番でいうと、1位のAT&T、2位のVerizon Wireless、3位のSprint、4位のT-mobileとなっており、上位2社のシェアを合計すると6割を超えていました。このうちの3位と4位を買収・合併し、スケールメリットを活かすことで上位2社に対抗していく予定でした。

 ところが、T-mobileの買収の段階になってFCC(米連邦通信局)から待ったがかかります。消費者の選択肢が減ることを危惧したようで、孫正義氏が何度も渡米したり、複数のコンサルタントを雇ったりしてがんばったようですが、最後まで決定を覆すことができませんでした。結果、Sprintは自力でネットワークを改善し、顧客を増やしていかなければならなくなります。

 Sprintは長年にわたる営業赤字のためにキャッシュが枯渇していました。これにより2012年度には3兆7000億円だった有利子負債が9兆1700億円にまで跳ね上がります。孫正義氏はまず徹底的なコスト削減を行い、経営効率の改善を目指しました。結果、2016年の4~12月期は3億ドルの営業利益と黒字転換することに成功します。

 ただ、ここからさらに収益を増やすためには、契約者数を伸ばさなければなりません。アメリカでは全キャリアの契約者数を合計したものが全人口を上回っており、普及率が100%を超えているとみられています。このため、契約者数を増やそうとすると他社から引っ張ってこなければならないため、販促費用がかさむことになります。間の悪いことに、T-mobileが「Un-Carrier」という一大キャンペーンを仕掛けてきたことで、2015年の夏には契約者数でSprintは4位に転落してしまっています。

 加えて、Sprintは通信回線のクレームが多いことで有名なので、回線品質を向上させるためには多額の設備投資が必要になることが予想されます。Sprintの顧客層は低所得者層が多く利益率がよくないこともあり、連結決算で黒字ではあるものの、日本で稼いだ収益が削られる可能性があります。

 一番の問題は営業キャッシュフロー思ったほど伸びていないことです。企業買収は既存の業務とのシナジー効果を期待して行われるのが一般的ですが、有利子負債の増加率と比べてここ数年の営業キャッシュフローの伸びは微増にとどまっており、大きなリスクに見合っていないように思えます。

ARMとは

 今回のARM買収はソフトバンクにとって過去最高額の金額となりましたが、ARMとはいったいどのような企業なのでしょうか。

 ARMは半導体チップの設計に関する知的所有権をしており、これを半導体製造メーカーに提供することでロイヤリティ収入を受けるビジネスモデルです。自らは半導体を製造することはないので、ハードウェアメーカーにはつきものの工場や在庫にかかるコストが発生しないため、非常に利益率が高いです。2016年第1四半期の営業利益率は実に48.6%にもなります。

 ARMはQualcomm、Apple、Samsung、MediaTekといった半導体メーカーに対してライセンスを提供していますが、唯一のライバルであるIntelが激しい競争の末にモバイル市場からの撤退を余儀なくさせられたため、世界で出荷されるスマートフォンやタブレットの約85%にARMの設計した半導体チップが搭載されています。

 ARMが注目されるのは高い利益率やモバイル市場の独占などが理由ですが、これに加えてARMが設計した低消費電力な半導体チップがIoT分野の製品にも搭載されることが期待されているからだといえます。

IoTとは

 今後ARMの設計した半導体チップがIoT製品に採用される可能性が高いですが、IoTとはなんなんでしょうか。IoTはInternet of Thingsの頭文字をとったものであり、「モノのインターネット」と日本では訳されています。ここで「モノってなに?」と思われるかもしれませんが、本当にすべてのモノです。

 具体的にモノとはなにかというと、車のカーナビやテレビといった電子機器をはじめ、エアコン、電力使用量を測る電力メーター、自動販売機、ドアの鍵まで、センサーと通信機能さえ取り付ければ、今まではパソコンやスマートフォンしか接続されていなかったインターネットに、あらゆるものを接続できます。無線タグを使用すれば、それこそひとつひとつの商品の状況までもがインターネットを介して把握できるようになります。

 これがどのようなメリットをもたらすかというと、帰宅したときに室温が快適になっているように外出先からエアコンの操作を行ったりできます。スマートフォンから操作できるようになれば非常に便利です。また、電力メーターをインターネットにつなげることができれば、検針員がいちいち各家庭を回らなくても電力会社が使用量を確認することができます。

 一部実用化された例として、東日本大震災のときにホンダ、トヨタ、日産、パイオニアの4社から提供された通行実績情報を集約し、地震や津波でどこが通行止めになっているかをインターネット上で公開したこともありました。道路を走る車をIoTのセンサーとして活用したのですね。この技術が発達すれば、渋滞を避けて道案内してくれるカーナビなども可能になるわけです。

 IoTはビックデータや人工知能といった、材料株界隈が好きそうなキーワードとセットでよく語られます。モノにセンサーを搭載すれば大量の情報を得ることができるので、これをインターネットを経由して蓄積し、溜まったデータを分析して今まで見えなかった状況を「見える化」するビックデータ技術と相性がよいです。さらに、データが膨大になるため、データの分析には人工知能が使われることになります。

ソフトバンクがARMを買収する意味

 ソフトバンクはすでに巨大な通信回線網をもっているため、大量のデータ収集を必要とするIoT分野に投資を行うことは理に適っていると思われます。ソフトバンクが販売するスマートフォンにアプリケーションをインストールしておいたり、モノに搭載されるセンサーからデータを集めて分析することで、ユーザーや他の企業に対して新しいサービスを提供することができるようになるかもしれません。

 ただ、IoT分野でのシェアが期待できるARMではありますが、これを3.3兆円もの大金をつぎ込んでまで買収することによる相乗効果については疑問が残ります。IoTへの投資というならば、ビックデータを分析する人工知能技術をもつ企業を買収したほうがよかったのではないでしょうか。しかも、1500億円の売上高(今後伸びるでしょうが)の企業に対して3.3兆円ですからね。費用対効果があまりよろしくない。

 もちろん、私のような素人などには思いつかないような展望を孫正義氏がもっている可能性のほうが高いのですが、株価の下落を見る限り今回の買収が市場であまり評価されていないのは事実です。Sprintの買収により有利子負債が膨らんだわりに、営業キャッシュフローが伸びていないうえ、シナジー効果がわかりずらいARMの買収によりバランスシートはさらに悪化しています。自己資本比率が12.6%ですからねぇ。貸出金利の上昇は結構怖いです。連結決算では黒字であるものの、少しばかり注意が必要なのかもしれません。

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